スターマー英首相、辞任発表 次の与党党首が決まるまでは留任

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5月初めの英地方選で与党・労働党が大敗したのを機に党内で辞任圧力が高まっていたイギリスのキア・スターマー首相は、現地時間22日午前9時半過ぎ、労働党の党首を辞任すると発表した。首相としては、次の党首が決まるまで留任するという。チャールズ国王とはすでに話をしたと明らかにした。党首選がある場合は、議会が夏季休会を終えて再開する9月までに次の党首が決まるよう、党の執行委員会に求めると述べた。
スターマー氏への辞任圧力が高まるなか、複数の閣僚が辞任。後任党首の有力候補の一人とされるアンディ・バーナム氏が18日の下院補欠選挙で当選し、下院議員への復帰が決まったことで、スターマー氏への圧力は一層高まっていた。
イングランド北部グレーター・マンチェスターの市長だったバーナム氏をめぐっては現在、党首を目指す動きに勢いがあるため、対抗相手が出ずに党首選が行われないまま、同氏が次の党首と首相になるのではないかとの見方が強くなっている。
バーナム氏はスターマー氏の辞任表明を受け、「キアはこの国に多大な奉仕を重ねてきた」として、その指導力と献身に感謝するとソーシャルメディアに投稿。「彼の決定は、移行の開始を意味する。このプロセスが秩序と責任のある形で行われるのが大事だ。私はそのプロセスの一環として、立候補する」と書いた。
最近までグレーター・マンチェスター市長を務め、18日にメイカーフィールドでの下院補選で当選したばかりのバーナム氏は、22日午後にロンドン・ウェストミンスターに入り、下院議員として宣誓就任した。

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バーナム氏の対抗馬になり得る可能性のあったウェス・ストリーティング前保健相は22日、ソーシャルメディアに書簡を投稿。バーナム氏と会話を重ねた結果、イギリスに必要な変化だと自分が考える内容が、バーナム氏のリーダーシップの下で存在できると確信したと書き、バーナム氏を支持すると表明した。
党内の答えを聞いたとスターマー首相
スターマー氏はこの日朝、妻ヴィクトリア氏と共にロンドン・ダウニング街にある首相官邸の玄関から出ると、閣僚や官邸スタッフが見守り拍手する中、演台に向かい、「2年前にこの通りを歩いてきたあの時は、私の人生で最も誇らしい瞬間だった」と切り出した。
自分は、何百万人もの人々の生活をより良い方向に変えるために政治の世界に入ったのだとして、自分が引き継いだ労働党は「政治的にも、財政的にも、道徳的にも破綻していた」と述べた。自分の党は「もう終わった」と何度も何度も言われたが、「その人々が間違っていることを証明した」と強調。「反ユダヤ主義という毒を取り除くことで」党を変え、「経済、防衛、国家安全保障における信頼を回復した」と強調した。
首相は、2年前の政権交代から労働党政権によって、「我々の経済はより強くなり、他国よりも速く成長しており、賃金は政権を取ってから毎月、インフレ率を上回って上昇している」と業績を並べた。
「投資は確保され、インフラが建設され、緊縮財政の終えんとともに、国民保健サービス(NHS)の待機リストは17年で最速のペースで減り、労働者と賃借人の権利が近年では類を見ないほど改善された」とも首相は強調した。
スターマー氏はさらに、移民対策や貧困対策の強化、「ソーシャルメディアから若者を守る政策」などを成果として挙げ、「品位と敬意と法治主義のために立ち上がる国として、この国の世界的な評価は回復した」、「さまざまな貿易協定を締結し、ウクライナとともに立ち、我々の価値を守り、ヨーロッパの同盟国との関係を再構築している」と強調した。
さらに労働党政権が変化を約束し、変化のために闘い、労働党政権が変化を実現したのだと述べた。

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その上でスターマー氏は、次の総選挙に向けて党を率いるのに自分が最も適任かを労働党が自問自答したとして、その問いに対する党の「答えを聞いた」、「その答えを潔く受け入れる」と話した。
首相は、自分のこれまでの決断はすべて、「愛する国を最優先」してのものだったと述べたうえで、「私は労働党党首を辞任する」と表明した。
次の労働党党首が決まるまで、自分は首相の職にとどまるとスターマー氏は言い、秩序ある権力移譲を確実にするためにできる限りのことをするとした。また、労働党政権が次の総選挙後も続くよう、後任を全面的に支持すると約束した。自分の後任は、自分が2年前に受け継いだイギリスよりも、はるかに強力で公平なイギリスを受けつぐことになるとも、首相は述べた。
スターマー氏は、党首選になる場合は、労働党の全国執行委員会に対し、党首選の立候補受け付けを7月9日に開始し、夏季休暇が始まるまでに手続きを終えるよう求めると述べた。下院は7月16日から夏休みに入り、9月1日に再開する。

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スターマー氏は、党首としての6年間、自分を支えた友人や同僚たちに感謝し、首相官邸のスタッフと「公共への奉仕に人生をささげる、この国の卓越した公務員たち」にも謝意を示した。
そして、「この国で最大の仕事を離れた後は、一番大事な仕事にもっと時間を使うつもりだ」と言い、「素晴らしい」妻にとって「最善の夫」となり、「私の誇りと喜び」である子どもたちにとって「最善の父親」になるのだと、声を揺らしながら語り、辞任演説を締めくくった。
演説の最中、ダウニング街の入り口の門の向こうでは、ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)反対派として有名な活動家が、ベートーヴェンの「歓喜の歌」を大音量で流していた。
党首選は? 総選挙は?
スターマー氏は、9月に下院が再開するまでに次の首相が決まっているように党の執行委に要請すると述べた。
実際に党首選が行われるかは不透明で、7月9日に立候補受け付けが始まった後、もしバーナム氏しか名乗りを上げなければ、そのままバーナム氏が党首に決まる可能性がある。
一方、野党リフォームUKのナイジェル・ファラージ党首は、「できるだけ早い時点」で総選挙を実施するよう求めた。
有権者の間にも、総選挙を求める声が出ている。
野党・自由民主党のエド・デイヴィー党首はソーシャルメディアに、「何も本当には変わらないのに、ただ首相が果てしないメリー・ゴー・ラウンドのようにくるくる変わるだけの事態にがっかりさせられる、そのことにイギリス国民はうんざりしている」と書き、「今度こそ、変わらなくてはならない。首相官邸にいるのが誰かを変えるだけでなく、この国を直せるよう、壊れた政治を変えなくてはならない」と強調した。
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はソーシャルメディアに、英首相官邸前でスターマー首相に歓迎された際の写真と共に、「キア、あれだけたくさん協力して支援してくれて、ありがとう。私たちのヨーロッパを強くし、命を守るための私たちの取り組みを強化するため、一緒に数々の決定をしてくれて、ありがとう」と書いた。ゼレンスキー氏はさらに、「ここウクライナで私たちは深くイギリスを重視している」として、「いつも連絡をとってくれて、いつも積極的にかかわってくれて、そしていつも必要で本当に助けになることをしようと努力してくれて、ありがとう」とも感謝した。
さらにゼレンスキー氏は、「イギリスとすべてのイギリス人に成功と、国の目標の実現を願っています。私たちはイギリスを信頼しています」と書いたうえで、「キア、ウクライナでいつでもあなたを客人として歓迎します」と述べた。
欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長はソーシャルメディアで、「あなたがわずか2年でなったほどの為政者となるのに、多くの指導者はそこまで育つのに何年もかかることがあります。ヨーロッパとウクライナの安全保障は、あなたのおかげでより強くなりました。親愛なるキア、どうもありがとう」と書いた。
バーナム氏とは

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バーナム氏は1970年にリヴァプールで生まれた。リヴァプールとマンチェスターの間にある村で、労働党支持者の両親のもと、3人兄弟の真ん中の子どもとして育った。
地元でカトリックの学校に通った。幼いころから英プレミアリーグのエヴァートンFCのファンで、クリケットに熱心なスポーツ少年だったと同時に、早くから労働党の政治家を志した。
兄弟3人は、一家の中で初めて大学へ進学。バーナム氏はケンブリッジ大学で英文学を学んだ。しかし当時について後に著書で、「居場所を見つけるのに苦労」し、「自分のことを場違いな偽物」のように感じていたと書いている。
一方、ザ・スミスやザ・ストーン・ローゼズといった北部のインディーバンドが大好きで、「マンチェスター音楽に興味を持ち始めたことで、自分のアイデンティティーを手にしたし、それが自分の利点になった」とも書いている。
大学卒業後は複数の業界新聞社で勤務した後、20代の内に、後にトニー・ブレア政権およびゴードン・ブラウン政権で閣僚となるテッサ・ジャウェル議員のもとでリサーチャーとして働いた。その後、党内で急速に頭角を現し、ブレア政権ではクリス・スミス文化相の特別顧問となった。2001年には、故郷に近いグレーター・マンチェスターのリー選挙区で、下院議員に初当選した。
ブレア政権で閣外相として初入閣した後、ブラウン政権で財務首席政務次官、文化相、保健相を歴任した。
2010年の総選挙で労働党が敗れると、ブラウン氏の後任を目指して党首選に出馬。5人中4位となりエド・ミリバンド氏に敗れたが、その後も支持基盤を築き続けた。2015年にも党首選に再挑戦したが、この時はジェレミー・コービン氏に敗れた。
コービン党首率いる影の内閣では、影の内相を務めたが、党内ではブレア派の中道右派と見られていた。しかしその後、その立場は次第に左寄りになり、水道やエネルギーの国有化を支持するようになった。
2017年には、行政区分が変わったグレーター・マンチェスターの初代市長に立候補するために議員を辞職。得票率60%以上で勝利し、2021年と2024年に再選された。
市長としては、地域の交通システム改革で評価されてきた。バーナム市政の下、グレーター・マンチェスターはロンドン以外で初めてバス運行を公営に戻すとともに、「ビー・ネットワーク」として他の交通手段と統合した。
新型コロナウイルスのパンデミック中には地域別ロックダウンをめぐり、イングランド北部を「軽視している」と保守党政権を非難し、その存在感を高めた。時の政権と真っ向から対立したことで、「北部の王」との異名を得た。
最近では、2025年秋の労働党大会まで、党首の座を公然と目指す動きを重ね、出馬の可能性を否定しなかった。今年1月に労働党議員が辞職し、ゴートン・アンド・デントン選挙区で補選が行われることになったため、バーナム氏は出馬の意向を示したが、スターマー首相の承認を得た党執行部は、現職市長の立候補を認めなかった。
5月の地方選大敗を機にスターマー首相への辞任圧力が党内で高まると、労働党のジョシュ・サイモンズ下院議員がバーナム氏に道を譲るため議員を辞職。これによって、メイカーフィールドで実施された下院補選で当選し、国政に復帰するとともに、党首選でスターマー首相に挑戦する可能性が強まった。
ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)の是非を問う国民投票では、欧州連合(EU)残留を支持した。自分が生きている間に、イギリスがEUに再加盟することを望むとも発言してきた。しかし最近では「長期的には再加盟の理がある」との考えを改めて示しつつも、ブレグジット支持が強いイングランド北部にあるメイカーフィールド補選では、EU再加盟を論点にしなかった。












