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34年前の旅客機爆破事件、アメリカで容疑者拘束 英ロッカビー上空で発生
34年前に英スコットランド・ロッカビー上空で米パンアメリカン航空(パンナム)機が爆破され270人が死亡した事件について、スコットランド当局は11日、爆弾を作ったとみられるリビア人男性がアメリカで拘束されていると発表した。
スコットランドの王立事務所及び地方検察官サービス(COPFS)の報道官は、「ロッカビー爆破事件で死亡した人々の遺族は、アブ・アギラ・モハマド・マスード・ケイル・アル・マリミ容疑者(マスード容疑者)がアメリカで拘束されていると通知を受けた」と発表した。
米当局は2年前、マスード容疑者について、1988年12月21日にパンナム103便(ボーイング747型機)が爆破された事件で重要な役割を果たした疑いがあると発表した。
マスード容疑者は先月、リビアの民兵組織に誘拐されたと報じられた。それを受け、裁判のため身柄が米当局に引き渡されるとの憶測が出ていた。
米司法省の報道官は、同容疑者がワシントンの連邦裁判所に初出廷する見通しだと、ロイター通信に話した。
マスード容疑者は5年前には、爆弾を作った罪でリビアで服役していた。
この航空機爆破事件は、イギリスで起きたテロ事件の中で最も死者が多い。ロンドンからニューヨークへ向かっていたジャンボジェット機内の乗客・乗員259人全員が死亡。さらに、航空機の残骸がロッカビーの住宅を破壊し11人が死亡した。
この事件では、2001年にアブデルバセト・アル・メグラヒ元服役囚が、オランダで開かれたスコットランドの特別法廷で、パンナム103便を爆破したとして有罪判決を受けた。これが、これまで唯一の有罪判決となっている。
メグラヒ元服役囚は禁錮27年の刑を言い渡され収監されたが、がんと診断された後の2009年、スコットランド政府の温情的な措置によって釈放された。
元服役囚は2012年、リビアで死去した。
共謀を自白か
マスード容疑者はリビアで服役中、パンナム機爆破をメグラヒ元服役囚と共謀したと自白したとされる。
メグラヒ元服役囚の弁護士のアーメル・アンワル氏は、マスード容疑者が実際には「人権侵害で広く非難されている」武装勢力リーダーに拘束されていたと説明。自白について、それが引き出された状況から、アメリカやスコットランドでの裁判においては「強い異議」が唱えられるだろうと述べた。
メグラヒ元服役囚は、一貫して無実を主張した。2回控訴し、1回は失敗に終わり、もう1回は放棄した。
マスード容疑者がアメリカで拘束されていると発表したCOPFSは、「スコットランドの検察と警察は、英政府や米当局と協力し、アル・メグラヒの共犯者を裁くという唯一の目的のために捜査を続ける」とした。
スコットランド警察も、COPFSなどと緊密に協力して、正義の追求を支援していくとした。
<分析> この先も多くの困難――デイヴィッド・カワン、国内問題担当編集委員、BBCスコットランド
パンナム103便が落とされてからの34年間、ロッカビー事件は紆余曲折を経てきた。
南アフリカ大統領だったネルソン・マンデラ氏の仲介で、リビア人容疑者2人がオランダに設置されたスコットランドの法廷に引き渡されるまで、ロッカビー事件をめぐる裁判が1件でも開かれる見込みは極めて低いと思われた。ましてや2件目が開かれることはないだろうとみられていた。
このうちの1人のアブデルバセト・アル・メグラヒ元服役囚は、航空機を爆破した罪で有罪判決を受けた。ただ検察はずっと、彼には共犯者がいたと主張していた。
2011年にリビアでカダフィ大佐の政権が崩壊すると、多くの容疑者を法廷に引き出せるとの期待が高まった。しかし、同国は再び激しい政情不安に陥った。
2020年、アメリカのウィリアム・バー司法長官は退任を前に、アブ・アギラ・マスード容疑者に関して容疑の内容を発表した。その裏で、イギリスの検察当局、スコットランド警察、アメリカの関係当局が捜査を続けた。
マスード容疑者が現在アメリカで拘束されているという発表は、イギリスの法制史上最大規模の殺人事件をめぐって、2回目の裁判が開かれる可能性があることを意味している。ただ、裁判はスコットランドの法律ではなくアメリカの法律の下で行われる。
この先、多くの困難が待ち受けている。とりわけ、リビアの刑務所で収監中になされたという容疑者の自白が、法的にどう評価されるかが問題だ。
その内容も、メグラヒ元服役囚に対する検察側の主張を弱めるようにも、強めるようにもみえる。
これまでと同じく、この事件では予想外の事態を想定しておくのが賢明だ。
ロッカビー事件の経緯
- 1988年12月21日 - パンナム103便がスコットランド南部の町ロッカビーの上空で爆破される
- 米英の捜査当局は1991年にメグラヒ容疑者を起訴。身柄は1999年4月までリビアから引き渡されなかった
- 2000年5月 - スコットランド法に基づく特別法廷がオランダのキャンプ・ザイストの中立地で開廷
- 2001年1月31日 - 元リビア情報当局員のメグラヒ被告が多くの人々を殺害した罪で有罪に。最低27年の禁錮刑で収監される
- 2002年3月 - メグラヒ服役囚が有罪判決に対する控訴審で敗訴
- 2003年9月 - スコットランド刑事事件審査会(SCCRC)がメグラヒ服役囚の有罪判決の調査を指示される
- 2007年6月 - SCCRCがメグラヒ服役囚の有罪判決に対する2回目の控訴を認めるよう勧告
- 2009年8月18日 - メグラヒ服役囚の控訴取り下げをエディンバラの高等法院が認める
- 2009年8月20日 - 末期の前立腺がんを患っているメグラヒ服役囚が、温情措置として刑務所から釈放される
- 2012年5月 - メグラヒ元服役囚がリビア・トリポリの自宅で60歳で死去
- 2015年7月 - スコットランドの裁判所が、ロッカビー事件の犠牲者の親族はメグラヒ元服役囚の代理として控訴はできないとの判断を示す。裁判所はそれまで、近親者のみ死後の申請が可能だとしていた
- 2017年7月 - メグラヒ元服役囚の家族が、新たな控訴のための手続きを開始
- 2020年3月 - SCCRCが新たな控訴が可能との見解を表明
- 2020年11月 -スコットランドの判事5人が、司法の誤りの可能性を理由に、メグラヒ元服役囚の有罪判決に対する3回目の控訴を審理