米NBAの名選手ビル・ラッセルさん死去 11回優勝、人種差別とも闘う

画像提供, Getty Images
米プロバスケットボールNBAの伝説的な名選手、ビル・ラッセルさんが亡くなった。88歳だった。ラッセルさんの家族が31日、公表した。
センターとしてボストン・セルティックスで13年間活躍したラッセルさんは、11回優勝の記録を打ちたて、最優秀選手に5回選ばれた。プロ入りする前は1956年のメルボルン五輪でアメリカ代表チームの主将を務め、金メダルを獲得。現役引退後は、NBA初の黒人監督に就任した。さらに、現役時代から人種差別と闘う活動家として先駆的な存在になった。
遺族はツイッターで、ラッセルさんが「妻ジェニーンの側で息を引き取った」と発表。選手や監督としての業績に加え、「(バスケットボールで)繰り返し勝ち続けたのとは裏腹に、ビルは(差別に対する)闘いを理解していたし、その理解が彼の人生を照らしていた」、「ビルは容赦なく率直に不正を糾弾し、そうすることで現状を揺さぶろうとした。そして、謙虚な本人が決してそこまで意図したわけではないものの、強力なお手本として、チームワークや無私の心や思慮深い変化のきっかけに、今後も永遠になり続ける」と書いた。

NBAのアダム・シルヴァー・コミッショナーは、「ビルは、あらゆるチームスポーツにおいて最も偉大なチャンピオンだった」とたたえ、「ボストン・セルティックスとのキャリアは語り草で、そこで無数の栄誉を手にして言えるものの、それはビルがNBAと社会全般に与えた巨大な影響の一部に過ぎない」と述べた。
「選手として絶頂の時に、ビルは熱心に公民権と社会的正義のために活動した。その行動が、後に続いた世代のNBA選手たちにも受け継がれ、次世代の選手たちがビルの足跡をたどった」とシルバー氏は続け、「彼は時代を超越していた。だからこそ私はしばしばビルを、バスケットボールにとってのベイブ・ルースと呼んできた。ビルは究極の勝者で、見事なチームメイトで、NBAへの影響は永遠に続く」と追悼した。
ラッセルさんは1975年に選手としてバスケットボール栄誉の殿堂に入り、2021年には監督としてあらためて殿堂入りした。セルティックスは、ラッセルさんの背番号6番を永久欠番にしている。
数々の追悼

画像提供, Getty Images
学生時代にバスケットボールをやり、熱心なNBAファンとして知られるバラク・オバマ元大統領はツイッターで「私たちは今日、巨人を失った。ビル・ラッセルは実に長身だったが、彼が選手として、そして人として残した偉業はそれよりはるかに高くそびえる」と追悼した。

長年所属したボストン・セルティックスはツイッターで、「自分の競技で最高のチャンピオンになり、そのプレイの仕方に革命をもたらした上に、同時に社会の指導者になるなど考えられないことに思えるが、それがビル・ラッセルという人だった」とたたえた。

ロサンゼルス・レイカーズのスター選手だったアーヴィン・「マジック」・ジョンソンさんは、「バスケットボールにとって最高の勝者が亡くなったと知り、打ちひしがれている。伝説で、殿堂入り選手で、私の師で、そして30年以上の友人だった」と悲しんだ。

シカゴ・ブルズはラッセルさんと、ブルズのスター選手だったマイケル・ジョーダンさんの写真を掲載し、「伝説は永遠。ビル・ラッセル、安らかに。我々のこのスポーツにとって真の巨人だった」とたたえた。










