ロシア、キーウに大規模なミサイル・ドローン攻撃、少なくとも13人死亡

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ウクライナの首都キーウで1日夜から2日にかけて、ロシア軍のドローンとミサイルによる大規模攻撃があり、少なくとも13人が死亡した。ウクライナ当局が発表した。

市内各地では複数の建物が攻撃を受け、いくつかの地域から住民が避難する事態となった。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は空爆の数時間前に、ロシアが「大規模な」攻撃を準備していると警告していた。

キーウ市の軍事行政トップのティムール・トカチェンコ氏は、死傷者は「相当数」に上り、子どもも含まれていると明らかにした。

「敵は再び、住宅地を意図的に標的にし、民間人を殺害している」と、トカチェンコ氏は2日未明に述べた。一方でロシア国防省は、最近のウクライナによる対ロシア攻撃への報復として、エネルギー施設を標的にした攻撃を実施したと主張した。

ウクライナ空軍は、ロシアが夜間に、主にキーウを標的とした攻撃を仕掛け、ミサイル74発とドローン496機を発射したと発表した。

これらの大半をウクライナの防空システムが迎撃したが、弾道ミサイル25発とドローン12機は計33地点に着弾したという。

キーウにいるBBC取材班は夜通し、激しい爆発音を聞いた。2日午前3時30分までに取材班が確認した大規模攻撃は10回に上った。市中心部で1件の大規模火災を、離れた場所でも複数の火災を確認した。

防空システムのえい光弾が夜空を照らし、続いて爆発音が聞こえた。

2日朝になると、爆発の衝撃で地面にできたとみられるクレーターの様子がはっきり分かるようになった。

爆撃現場にはがれきのほか、煙がくすぶる複数の車両や建物、インフラ施設も見られた。

市内各地で複数の火災が発生した。また、救急施設も被害を受け、少なくとも1人が重傷を負った。

消防隊は、中心部の大通りにあるホテルでも消火活動にあたった。

ウクライナ国家非常事態庁によると、一連の夜間攻撃で13人が死亡し、30人以上が負傷した。

これまでに34人が救助されたとも、当局は発表している。高層住宅1棟や複数の家屋が被害を受けたキーウ南東部など、複数カ所で救助活動が続けられている。

ウクライナのアンドリー・シビハ外相は、「ロシアによるテロ行為を阻止するには、非難の言葉だけでなく、具体的な行動」が必要だとし、ウクライナにさらなる防空システムを供与するようパートナー国に呼びかけた。

シビハ外相はソーシャルメディアへの投稿で、ロシアが住宅や民間インフラを標的にしているとして、対ロシア制裁を強化するよう求めた。

ウクライナのオリハ・ステファニシナ駐米大使は、「避難所で過ごすことを余儀なくされた市民にとって、またしても恐ろしい夜となった」とソーシャルメディアに投稿した。

また、「市内の複数地区で火災が発生し、民間インフラや住宅が破壊された」とも書いた。

ロシアによるウクライナへの大規模なミサイル・ドローン攻撃は約2週間ぶり。

ロシア、軍事基地にも攻撃と

ロシアメディアが報じたロシア国防省の発表によると、ロシア軍はウクライナ中部と東部の軍事基地にも攻撃を仕掛けた。

同省は、モスクワから黒海にかけてのロシア国内の発電所に対する、最近のウクライナによる攻撃への報復として、ウクライナの防衛・エネルギーインフラを標的にしたと主張した。

ウクライナによる一連の攻撃を受け、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は6月28日、ロシアで燃料不足が生じていると、異例の率直さで述べていた

プーチン氏が「攻撃を計画」とゼレンスキー氏

ゼレンスキー氏は1日、ロシアがウクライナへの攻撃を計画していることを示す新たな情報を得たとして、アイルランド・ダブリンへの訪問を切り上げた。

「国民のみなさんに対し、自分自身や子どもたち、そして当然ながら家族を守るため、特に注意を払うよう求める」と、ゼレンスキー氏は述べた。

また、プーチン氏が「ここしばらくの間、ウクライナに対するこの大規模攻撃を準備していた」と付け加えた。

ロシア部隊は最近、ウクライナ東部に残る同国の重要防衛拠点の一つであるコスチャンティニウカ市内へ前進した。ロシア側が同市を掌握すれば、ウクライナ東部ドンバス地方全域への突破口となる可能性がある。

こうした中、ウクライナ軍の指揮官らは今年に入り、失ったよりも多くの領土を奪還していると主張。ロシア国境と、ロシア占領下のウクライナ南部クリミアを結ぶ、ロシアにとって重要な補給路を遮断したとしている。

こうした動き以外は、戦況は数カ月にわたりこう着状態にある。ウクライナとロシア双方の部隊はおおむね、それぞれの陣地にとどまっている。

ロシアは現在、ウクライナ領土の約5分の1を支配している。その大部分は、2022年2月に始まった全面侵攻の最初の数カ月で掌握された。