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ファインスタイン米上院議員、90歳で死去 女性政治家の「パイオニア」
1992年に初当選以来、アメリカの女性政治家として最も長く務め、新境地を切り開いたダイアン・ファインスタイン上院議員(カリフォルニア州、民主党)が28日、ワシントンで亡くなった。90歳だった。
ファインスタイン議員は現在の米連邦議会上院で最年長の議員で、28日にも採決で投票したばかりだった。
ファインスタイン議員の事務所は、ワシントンの自宅で28日夜に亡くなったと発表した。
「ファインスタイン上院議員は、この国と地元州に素晴らしい影響を与えた、活気あふれる人だった」、「疑いようもなく、傑出した偉業を残した」と事務所はしのんだ。
ジョー・バイデン大統領は、ファインスタイン議員が「実にたくさんの形で歴史を作った。この国は今後何世代にもわたり、彼女の業績の恩恵を受け続ける」とたたえた。
2025年末までの任期を代わりに務める後任は今後、カリフォルニア州のギャヴィン・ニューサム州知事が指名することになる。かつてニューサム知事は、黒人女性を選ぶつもりだと話していた。
ファインスタイン議員は来年末に政界引退する方針を示していたが、それより前に辞任するよう求める声には抵抗していた。複数の著名下院議員らを含めた民主党関係者が、同議員の議席を目指して上院選に出馬する方針を示している。
最近では、インタビューや審議中に混乱した様子がたびたび見られ、記憶や認知の問題が与野党から指摘されていた。体調不良を繰り返し、今年4月には自宅で「転倒」し入院していた。委員会での採決では、周囲の人が「ただ賛成とだけ言って」などと指示する様子が目撃され、アメリカの政治家の高齢化について懸念が高まる要因ともなっていた。
1933年に生まれたファインスタイン氏はサンフランシスコで育ち、スタンフォード大学を卒業後、1969年にサンフランシスコ市議会に初当選した。1978年にサンフランシスコ初の女性市長となり、民主党内で全国区の知名度を得た。1990年のカリフォルニア州知事選には敗れたものの、1992年に連邦議会上院に初当選した。
ファインスタイン議員は銃規制推進者として知られ、1994年にビル・クリントン大統領(当時)が署名成立させた10年間の時限立法「アサルト・ウェポン規制法」の実現を強く推し進めた。
1978年にサンフランシスコ市長になったのは、前任のジョージ・モスコーン市長とハーヴィー・ミルク市会議員が射殺されたのを受けてのことだった。
ファインスタイン氏は上院で、強力な権限を持つ情報委員会の委員長を女性として初めて務めた。そこで同氏は、2001年9月11日の米同時多発攻撃を機にした中央情報局(CIA)による外国人テロ容疑者への尋問手法について、数年越しの調査を担当した。
この調査の結果、テロ容疑者に対する「水責め」など「強化された尋問テクニック」を禁止する法律が成立した。
ファインスタイン氏はさらに、女性として初めて上院司法委員会の委員となったほか、議事運営委員会でも女性初の委員長となった。
2017年にはCNNのインタビューで、「今でもなおこの社会で女性でいるのは、大変なことだ」と話し、「私は政治の世界でそれを実感している。私が初出馬した1992年に女性上院議員は2人だった。それが今では24人。その数は増え続けると確信している」と述べていた。
連邦議会では、共和党とも協力する中道派として知られ、民主党左派からはその姿勢が批判されることもあった。
長年の同僚、ナンシー・ペロシ下院議員(カリフォルニア州、民主党)は、ファインスタイン議員を「先駆的な女性指導者」とたたえ、「ダイアンの素晴らしいキャリアは今後も何世代にわたり無数の女性や少女を動かし、公職の道を選ぶきっかけとなる」はずだと声明で述べた。
共和党のミッチ・マコネル上院院内総務は上院本会議場で、「粘り強く物事を推進し、まじめに奉仕する」ファインスタイン議員の姿勢をたたえた。