ダニエル・エルスバーグ氏死去 ヴェトナム戦争の米機密「ペンタゴン文書」公表で内部告発

Daniel Ellsberg, the whistleblower who leaked the Pentagon Papers

画像提供, Getty Images

画像説明, アメリカ政府によるヴェトナム戦争の遂行ぶりを周知するため、政府の機密文書を公表したダニエル・エルスバーグ氏
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ヴェトナム戦争におけるアメリカ政府の行動と政策決定の内容を周知するため、政府の機密文書「ペンタゴン文書」を1971年に公表したダニエル・エルスバーグ氏が16日、カリフォルニア州の自宅で亡くなった。92歳だった。同氏は今春、膵臓(すいぞう)がんの診断を受けたと公表していた。

アメリカ政府の軍事アナリストだったエルスバーグ氏は、「ペンタゴン・ペーパーズ(国防総省文書)」と呼ばれることになるヴェトナム戦争に関する政府文書約7000ページの写しを、米紙ニューヨーク・タイムズに提供した。当時のニクソン政権はエルスバーグ氏をスパイ罪で起訴したが、ロサンゼルスの連邦地裁は政府の問題行動を批判し、公訴を棄却した。

エルスバーグ氏の家族は米公共ラジオ(NPR)への声明で、「ダニエルは真実を追求し、真実を語る愛国者だった。反戦活動家で、愛される夫、父親、祖父、曾祖父だった。大勢にとって大切な友人で、さらに数えきれない大勢にインスピレーションを与えた。私たち全員が彼を懐かしく思い続ける」と述べた。

エルスバーグ氏は数十年にわたり、政府による過剰介入や軍事介入を批判し続けた。

Daniel Ellsberg, Pentagon Papers whistleblower
画像説明, 2022年のエルスバーグ氏
Presentational white space

ニクソン政権と対立

1960年代に国防総省の軍事アナリストだったエルスバーグ氏は、核戦略やヴェトナム戦争の状況についてホワイトハウスに分析を提示していた。歴代政権による欺瞞(ぎまん)や粉飾などの問題行動をこの時期に知り、良心の呵責(かしゃく)に耐えかねたエルスバーグ氏は、のちに「ペンタゴン・ペーパーズ」と呼ばれる政府文書7000ページを複写して持ち出した。

その内容を公表すれば、ヴェトナム戦争に反対する世論の圧力が政府を動かすかもしれないと考えての行動だったという。

「ペンタゴン・ぺーパーズ」は、ヴェトナム戦争での戦況は順調だと強調するアメリカ政府のそれまでの公式見解を否定する内容で、戦争継続に反対するアメリカ世論の盛り上がりに寄与した。ニクソン政権への不信も高まり、究極的にはウォーターゲート事件を経て、弾劾を目前に辞任することになるリチャード・ニクソン大統領失脚のきっかけを作った。

「ペンタゴン・ぺーパーズ」の公表をめぐり、ニクソン政権はニューヨーク・タイムズによる記事化を差し止めようとした。ニクソン政権は、政府文書の公表は国家安全保障を脅かすスパイ罪に相当すると主張したが、連邦最高裁は言論や報道の自由を保障する憲法修正第1条に基づき、政府の主張を退けた。

ニクソン政権はエルスバーグ氏については、窃盗やスパイ活動、共謀などの罪でロサンゼルスの連邦地裁に提訴した。しかし、陪審団が評決を示す前に、裁判長が政府の問題行動を理由に公訴棄却の判決を下した。政府による盗聴に加え、エルスバーグ氏がかつて診察を受けていた精神科医のオフィスへの不法侵入に政府が関与したこと、さらにニクソン大統領の側近が裁判長に連邦捜査局(FBI)長官のポストを提供したことなどが、その理由だった。

「内部告発者の先達」

エルスバーグ氏は1931年4月にシカゴで生まれ、ミシガン州デトロイト郊外で育った。米ハーヴァード大学、英ケンブリッジ大学と米海兵隊を経て、ハーヴァード大で経済学の博士号を取得。

国防総省や米シンクタンクのランド研究所などで勤務した。国務省の一員として当時の南ヴェトナムでも2年間務めた。

英紙ガーディアンの編集長だったアラン・ラスブリジャー氏はBBCに対して、エルスバーグ氏は「内部告発者の大いなる先達」だと話した。ジュリアン・アサンジ氏やエドワード・スノウデン氏など、内部告発で近年注目を集める人たちは、エルスバーグ氏を手本にしたのだと、ラスブリジャー氏は述べた。

エルスバーグ氏は2022年12月にBBC番組「ハードトーク」に出演。アサンジ氏が立ち上げた機密情報公開サイト「ウィキリークス」について、実は自分がひそかに支援していたのだと明らかにした。

ウィキリークスは2010年、米軍情報分析官が提供した70万点におよぶ機密文書やビデオ、外交公電などを掲載した。

エルスバーグ氏はこれについて、「(情報を)表に出すために、私ならなんとかできるはず」だと、アサンジ氏が自分を頼りにしていたのだとBBCに話した。

今年2月に膵臓がんの診断を受け、余命3~6カ月だと告げられたエルスバーグ氏は最近では、ペンタゴン・ペーパーズや内部告発について振り返っていた。

米紙ワシントン・ポストが入手した今年3月のメールでは、「1969年にペンタゴン・ペーパーズをコピーした時、自分はこれから死ぬまで刑務所で過ごすはずだと確信していた。自分の行動によってヴェトナム戦争の終結が早まるなら(そんなことはあり得ないとも思っていたが)、その運命を喜んで受け入れたはずだ」と書いていた。

米政治ニュースサイト「ポリティコ」は今年6月にエルスバーグ氏のインタビューを掲載。その中で、政府というものはたとえ内部告発されても正直にならないというのがエルスバーグ氏の考えならば、内部告発はそれに伴うリスクに見合うのかと、ポリティコは質問している。

それに対してエルスバーグ氏は、「かなり究極的な大破局を前にしている時、クリミアや台湾やバフムートをめぐり、世界を爆破する寸前にいる時、文明という視点から、そして80億人とか90億人の人の生存がかかっている時、なにもかもがのるかそるかの状態の時、わずかにでも効果があるかもしれない可能性がわずかにでもあることを、やってみる。それに意味があるかどうか」と答え、こう続けた。

「もちろんだ。それが答えだ。やってみること。それは義務だと言ってもいい」