米ケネディ大統領暗殺の記録、1万3000点を公開 編集なしで

Kennedy was shot by a sniper during a visit to Dallas, Texas, in 1963

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画像説明, ケネディ大統領は1963年11月22日、テキサス州ダラスを訪問中に狙撃された
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アメリカのジョー・バイデン大統領は15日、1963年に起きたジョン・F・ケネディ大統領(当時)暗殺事件に関する文書について、初めて全文の公開を命じる大統領令を出した。

これを受け、1万3173点のファイルがオンラインで公開された。大統領令は、「これまでに、情報の一部が削除された形で公開されていた約1万6000点近い記録一式について、関係機関が見直しを進め、うち70%以上を全文公開できると判断した」とした。

ホワイトハウスは、今回の公開で、保管されている記録の97%以上が公表されたと説明。暗殺事件の捜査について、国民の理解が深まるとした。

ただ、新たに公開された文書からは、大きな新事実が発見されることはないものとみられている。それでも歴史家たちは、暗殺者とされる人物について、より多くを知ることができると期待している。

文書の一部については、バイデン氏は来年6月までの非公開を決めた。「特定による危害」が及ぶ恐れがあり、それを防ぐためだと説明した。

米国立公文書館は、文書515点が完全に、別の2545点は部分的に、非公開のままになるとした。

全面公開を政府に義務付け

ケネディ氏は1963年11月22日、テキサス州ダラスを訪問中に狙撃された。

事件を調査した連邦政府「ウォーレン委員会」は1964年、ソヴィエト連邦で暮らしたことがあった米国人リー・ハーヴィー・オズワルド容疑者の単独犯行だったと断定した。

同容疑者は逮捕の2日後、ダラス警察本部の地下で殺害された。以来、事件の真相について数十年にわたりさまざまな陰謀説が唱えられてきた。

ケネディ氏の暗殺をめぐっては、多くの記録が作成された。1992年に成立した法律は、すべての関連文書を2017年10月までに公開するよう政府に義務付けた。

ドナルド・トランプ前政権は数千ページを公開したが、安全保障上の理由から他は非公開とした。

昨年10月には、バイデン氏が約1500点の文書を公開。しかし、それ以外は封印したままにすると述べていた。

容疑者のメキシコでの情報

中央情報局(CIA)は15日、CIAはオズワルド容疑者と「一切関わりがなかった」とし、連邦政府による調査に対して彼の情報を隠したことはなかったと主張した。

ケネディ氏暗殺を長年調べている人たちは、今回の文書公開により、オズワルド容疑者のメキシコ市での活動に関して、新たな情報が明らかになると期待している。同容疑者は1963年10月に、メキシコ市でソ連の国家保安委員会(KGB)将校と会っていたとされる。

CIAは最新の声明で、オズワルド容疑者のメキシコ市への旅行について、CIAが持つ情報はこれまでにすべて公開されていたと説明。「2022年の公開には、この件に関する新情報はない」とした。

しかし、関連文書の公開を求めて政府を訴えた非営利団体メアリー・フェレル財団の研究者たちは、CIAがオズワルド容疑者のメキシコ滞在に関して情報を隠していると述べた。

同財団は、CIAの記録の一部は公文書館に提出されていないと主張。そのため、今回公開された分にも含まれていないとした。

新たに公開された文書の1つには、メキシコのソ連大使館に米当局が盗聴器を設置するのを、メキシコ大統領が自国の政府関係者に知らせずに支援したと記されている。

BBCが提携する米CBSニュースは、これまでに公開された文書では、この情報は編集されて隠されていたと報じている。