俳優シドニー・ポワティエさん死去 黒人初のアカデミー主演男優賞、先駆者に称賛

Sidney Poitier

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画像説明, シドニー・ポワティエさんはハリウッドの人種差別の壁を突破した先駆者だった
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バハマで育ち、アメリカ映画界で活躍した俳優シドニー・ポワティエさんが7日、亡くなった。94歳だった。ポワティエさんは、アメリカで人種隔離政策が続いていた時代に黒人俳優として初めて米アカデミー賞の主演男優賞を受賞するなど、ハリウッド映画における人種的固定観念を打破した先駆者だった。

バハマのフレッド・ミッチェル外相の大臣官房がBBCに対して、ポワティエさんの訃報を確認した。米フロリダ州で生まれたポワティエさんはバハマで少年時代を過ごした後、16歳でニューヨークに移り住んだ。

ポワティエさんは1963年公開の映画「野のユリ(Lilies of the Field)」で、アカデミー賞主演男優賞を受賞した。

1997年からは、バハマの初代駐日大使を務めた。

「扉を開いた」

バハマのフィリップ・デイヴィス首相は7日、フェイスブックのライブストリームでコメントし、「バハマ全体が悲しんでいるが、悲しみつつも、偉大なバハマ人の生涯を祝っている」と述べた。

デイヴィス首相はさらに、「強固な気骨の持ち主で、立ち上がり主張することで自分の存在を認識してもらおうという意志のもと、自分の人生を見事に計画し、道を切り開いていった」と、ポワティエさんの生き方を称賛。「トマト農場からアメリカでウェイターになった少年は、独学で読み書きを覚えただけでなく、言葉や考えや感情の表現を、自分のキャリアの中心に据えた」と述べた。

バラク・オバマ元米大統領は、ポワティエさんが「唯一無二の才能」の持ち主で、「威厳と品位」を体現していたと振り返った。さらに、「映画が私たちを結び付ける力」をポワティエさんは示し、「次世代の俳優たちのために扉を開いた」とその貢献を称賛した。

2009年にはオバマ米大統領(当時)から、アメリカ政府が民間人に与える最高の栄誉「大統領自由勲章」を授けられた

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画像説明, 2009年にはオバマ米大統領(当時)から、アメリカ政府が民間人に与える最高の栄誉「大統領自由勲章」を授けられた

米俳優デンゼル・ワシントンさんは、「シドニー・ポワティエは自分の友人だと、そう言えるのは自分にとって光栄なことだった。彼は優しい穏やかな人で、何年も閉ざされていた扉を私たち全員のために開いてくれた」と振り返った。

アメリカの有名司会者オプラ・ウィンフリーさんは、「私にとっては『偉大な木々』の中で最も偉大な木が倒れてしまった」と悲しみ、ポワティエさんの「巨大な魂を私は永遠に大事にする」としのんだ。

Presentational white space

ウィンフリーさんは2000年のインタビューで、ポワティエさんが「映画におけるアフリカ系アメリカ人という存在を作り出し、その定義を定めた」というクインシー・ジョーンズさんの言葉について、本人に尋ねた。

それに対してポワティエさんは、「とてつもない責任だった」と答え、「自分はそれを受け入れたし、その責任を尊重していると明示する生き方をしてきた」と話した。

「そうするしかなかった。自分の後を後進が続けるようにするには、自分がやらなくてはならないことがいくつかあった」

人種の壁を打破

バハマからニューヨークに移住したポワティエさんは、陸軍勤務を経て、演技の勉強をしながら様々な仕事を経験した。1950年代から舞台や映画に出演するようになり、1958年の映画「手錠のまゝの脱獄(The Defiant Ones)」で、初めてアカデミー賞の主演男優賞候補になった。黒人俳優がこの部門の候補になるのは、史上初めてだった。

5年後の映画「野のユリ」では、ドイツ人の修道女たちを手伝いアリゾナ州の砂漠に教会を建てる青年を演じ、アカデミー賞主演男優賞を獲得した。

Sidney Poitier in In The Heat of the Night

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画像説明, 最も印象的な役のひとつが「夜の大捜査線」のヴァージル・ティブスだった

アメリカの南部で人種隔離政策が続いていた時代にポワティエさんは、1965年の「いつか見た青い空(A Patch of Blue)」、1966年の「夜の大捜査線(In the Heat of the Night)」、1967年の「招かれざる客(Guess Who's Coming to Dinner)」と、ヒット映画に次々と出演した。

「いつか見た青い空」では、母親に虐待される盲目の白人少女と心を通わせる穏やかな青年を、「夜の大捜査線」では、人種差別に直面しながら殺人事件を捜査する警官ヴァージル・ティブスを演じた。「招かれざる客」では、白人女性と婚約する青年を演じた。

動画説明, 【追悼】 俳優シドニー・ポワティエさん 人種差別の壁を打破

舞台では、「陽なたの干しぶどう(A Raisin in the Sun)」の初演で主役を演じた。父親を亡くし、人種差別に立ち向かいながら生きていくシカゴ南部の黒人家庭を描いたこの作品はブロードウェイでヒットした後、繰り返し上演され、1961年の映画版でもポワティエさんが主演した。2014年にはデンゼル・ワシントンさん主演で、ブロードウェーでリバイバル上演された。

ポワティエさんは、映画監督としても複数の作品を世に送り出した。その生涯を描くブロードウェー舞台の上演計画が、昨年12月に発表されたばかりだった。

相次ぐ称賛

アフリカ系アメリカ人として初めて、アカデミー賞とエミー賞とトニー賞のすべてを受賞した俳優ヴァイオラ・デイヴィスさんは、「あなたのキャリアが私の人生をいかに大きく動かしたか、言葉ではとても言い表せません」と、ポワティエさんをたたえた。

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作品賞や監督賞、脚本賞など数々のアカデミー賞を得ている映画監督のスパイク・リーさんは、ポワティエさんを「誇り高く、威厳のある、ハンサムで強い黒人男性。今では自分たちのコミュニティーにそういう人は大勢いるが、その姿は真っ先に、ハリウッドの銀幕を打ち破って焼き払って、飛び出したんだ」とインスタグラムに書いた。

アカデミー賞の作品賞などを得ている映画監督、サー・スティーヴ・マクイーンはポワティエさんを、「世界各地に生きる黒人にとって、象徴的な存在」とたたえた。

俳優ウーピー・ゴールドバーグさんは、「星に向かって手を伸ばすにはどうすればいいのか、彼が示してくれた」と感謝した。

映画会社ディズニーのボブ・アイガー元CEOは、「(ポワティエさんほど)威厳のある人に会ったことがない」と振り返った。ポワティエさんは1995年から2003年にかけて、ディズニー社の役員だった。

Sidney Poitier

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画像説明, ポワティエさんは人種差別を取り上げる作品に出演し続けた

歴史家のドナルド・ボーグルさんはポワティエさんの功績について、「1960年代のポワティエは大スターで、大作映画で常に主役級を演じる演技派の黒人俳優は彼だけだった」と語った。

脚本家リチャード・ウェズリーさんは、「当時の社会はシドニー・ポワティエのような存在を必要としていた。公民権運動がもたらす社会の変化は、当時のアメリカで黒人と白人の在り方について、それまでと違う会話や関わり方や内省を必要としていた。スクリーン上のシドニー・ポワティエの姿は、当時のそういう会話の一部だったし、当時の会話にとって必要な要素だった」と説明する。

ポワティエさんは1992年に黒人俳優として初めて、アメリカ映画協会から生涯功労章を与えられた。2001年にアカデミー賞名誉賞を受賞、2009年にはオバマ大統領(当時)から、アメリカで文民に与えられる最高位の大統領自由勲章を与えられた。

1974年にはエリザベス英女王からナイト爵位を授けられた。

2回結婚し、6人の子供を授かった。