アイルランドの歌手シネイド・オコナーさんが死去、56歳

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アイルランドの歌手で活動家のシネイド・オコナーさんが亡くなったと、家族が発表した。56歳だった。
家族は「非常に悲しい出来事」で、「家族や友人はショックを受けている」とした。死因は明らかにされていない。
オコナーさんは、1990年に発売した「愛の哀しみ」がアメリカやイギリスのチャートで1位となり、世界的な名声を得た。
アイルランドのレオ・ヴァラッカー首相は、オコナーさんの音楽は「世界中で愛されていたし、その才能はたぐいまれなものだった」としのんだ。
「アイルランドは、ここ数十年で最も偉大で才能ある作曲家、作詞家、演奏家の一人であり、唯一無二の才能を持ち、聴衆と並外れたつながりを持ち、その誰もが愛と温かさを向けていた、そういう人物を比較的若くして失った」

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シネイド・マリー・バーナデット・オコナーさんは1966年12月、ダブリン郡グレナギャリーで生まれた。不遇の子供時代を過ごした。
10代のとき、ダブリンのアン・グリアナン訓練センターに入れられた。ここはかつて、キリスト教カトリック教会の影響の強いアイルランドで、性的に無分別だとされた若い女性を収容する「マグダレーン・ランドリーズ」の施設だった。
職員のシスターがオコナーさんにギターを買い与え、音楽の教師を付けた。これが、オコナーさんがミュージシャンになるきっかけだった。
1987年に最初のアルバム「ザ・ライオン・アンド・ザ・コブラ」を発売。イギリスとアメリカでトップ40に入った。
続くアルバム「蒼い囁き(あおいささやき)」には、「愛の哀しみ」が収録された。米歌手プリンスさんが手がけたこの曲は、アメリカやイギリスを含む世界各国のチャートで1位を獲得した。

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オコナーさんは、自身の社会や政治に対する考えを明らかにする人だった。1987~2014年に10枚のアルバムを発売している。
1991年には、米音楽誌「ローリング・ストーン」でアーティスト・オブ・ザ・イヤーに選ばれたほか、英音楽賞「ブリット・アワード」で国際女性ソロアーティスト賞を受賞した。
続く1992年には、キャリアの中で最も有名な出来事があった。米NBCテレビの番組「サタデー・ナイト・ライブ」に出演した際、カトリック教会内の児童性的虐待への抗議として、当時の教皇ヨハネ・パウロ2世の写真を破った。ボブ・マーリーさんの「ウォー(戦争の意)」をアカペラで歌った後、オコナーさんはカメラに目を向けて「本当の敵と戦いなさい」と述べた。
この行動の結果、オコナーさんはNBCから永久追放された。また、アメリカ各地でオコナーさんへの抗議が起き、ニューヨークのタイムズ・スクエアでレコードが破壊されるなどした。
2021年の米紙ニューヨーク・タイムズのインタビューでオコナーさんは、「自分のやったことは後悔していない。あれは素晴らしかった」と語っている。

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オコナーさんは2018年にイスラム教に改宗。シュハダ・サダカットに改名したが、ミュージシャンとしては元の名前を使い続けた。2021年には、自伝「Rememberings」を発売している。
2022年1月には、17歳だった息子のシェインさんが2日間の行方不明の末、遺体となって発見された。
この時オコナーさんはソーシャルメディアに、息子は「この世での苦しみを終わらせることを決めた」、「誰も息子の例にならわないでほしい」と語った。
また、この年に予定されていたコンサートを全て中止した。
オコナーさんは最後となったツイート群の中で、シェインさんは「私の人生の愛であり、魂のともしびであり、ひとつの魂を分けた存在だった」と追悼していた。





