俳優で歌手のオリヴィア・ニュートン=ジョンさんが死去 73歳

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マット・マーフィー、BBCニュース

Newton-John and Travolta dance in the film, Grease

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画像説明, 映画「グリース」で踊りを披露したオリヴィア・ニュートン=ジョンさん(左)とジョン・トラヴォルタさん

大ヒットミュージカル映画「グリース」のサンディ役で知られる、俳優で歌手のオリヴィア・ニュートン=ジョンさんが死去した。73歳だった。家族が明らかにした。

ニュートン=ジョンさんのマネジャーは、死因はがんだったとBBCに話した。

夫のジョン・イースターリングさんは、ニュートン=ジョンさんが8日朝、米カリフォルニアの自らの牧場で「安らかに息を引き取った」と述べた。

ニュートン=ジョンさんは、カントリー歌手として商業的な成功を収め、世界中で何百万枚ものレコードを売り上げた。

しかし、国際的な名声を得たのは、ミュージカル「グリース」の映画版で高校生のサンディ役を演じたのがきっかけだった。この映画は、史上最も成功したミュージカル映画の1つとなった。

清純イメージから脱却

映画「グリース」は、サンディと、ジョン・トラヴォルタさんが演じたダニーとのひと夏の恋と、二人が直面する困難を描いたもの。最後は、サンディが体にぴったりした黒革の衣服をまとって登場し、二人は和解する。

この映画は1978年最大の興行収入を記録。ニュートン=ジョンさんは、トラヴォルタさんと一緒に歌った「愛のデュエット(You're The One That I Want)」、「想い出のサマー・ナイツ(Summer Nights)」など、3枚の大ヒットシングルをこの映画から出した。

この作品はまた、彼女のイメージと音楽の方向性の両方を変えるきっかけとなり、清純なカントリー・ポップのイメージから脱却させた。

トラヴォルタさんは、ニュートン=ジョンさんについて、「私たちの人生すべてをとてもよいものにしてくれた」とインスタグラムで書いた

「あなたの影響は信じられないほどだった。心から愛している」

「この先また会い、みんな一緒になる。初めて会った瞬間から、そして永遠に、あなたのものだ!」

米アカデミー賞受賞女優で、1996年の映画「ラスト・パーティー(It's My Party)」でニュートン=ジョンさんと共演したマーリー・マトリンさんは、「とてもすてきで明るい光」だったと、ツイッターで追悼した。

また、2006年にニュートン=ジョンさんとデュエットした歌手ディオンヌ・ワーウィックさんは、「天国の合唱団に新たな天使の声が加わった」とツイッターで書いた。

Newton john in Grease

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画像説明, 「グリース」の一場面

ニュートン=ジョンさんは1948年9月26日、英ケンブリッジで生まれた。

父親は第2次世界大戦中、イギリスのスパイだった。母親は、ドイツのノーベル賞受賞者マックス・ボルンの娘で、1933年にナチスが政権を握った時、家族で逃亡していた。

ニュートン=ジョンさんの一家は1954年、オーストラリアに移住。彼女はそこで育った。

有名になったのは、1971年にボブ・ディランが作った曲「イフ・ノット・フォー・ユー」を発表したのがきっかけだった。この曲は、全英チャートで7位まで上がり、同名のアルバムに収録された。

歌手として米グラミー賞を4回受賞。1974~1977年に7曲の全米ナンバーワン・ヒットを出した。

ニュートン=ジョンさんの観客に優しい音楽スタイルは、批評家たちには好評ではなかった。しかし彼女は、そうした批評を毅然とはねつけた。

「商業的だから悪いと思われるのは腹が立つ」と、ニュートン=ジョンさんは米誌ローリングストーンに語っていた。「全く逆だ。人々がそれを好むなら、そうあるべきだ」。

「勝利と希望のシンボル」

1990年代前半に乳がんと診断されると、ニュートン=ジョンさんはがん研究を強力に支援した。彼女の慈善団体「オリヴィア・ニュートン=ジョン財団」は、研究を支えようと多額の寄付金を集めた。

この分野での彼女の努力は、エリザベス英女王も認めた。2020年の新年の叙勲で、女王は彼女にデイムの称号を与えた。

Olivia Newton-John

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2018年に3度目の乳がんの診断を受けた。それにどう対処しているか、米CBSニュースに聞かれると、 ニュートン=ジョンさんはこう答えた。

「それで毎日がぼろぼろになっていたけど、しばらくすると『そうだ』と思った。人生は楽しまなくてはならないので、クッキーを食べたいなら食べるつもりだ」と彼女は言った。

「人生や日常生活の喜びも、治癒の過程の一部でなければならないからだ。だから私は感謝するために、物事をよいと感じるために、その道を選んだ。その反対はあまりよくないからだ」

ニュートン=ジョンさんの夫は、彼女のソーシャルメディア・チャンネルに声明を投稿。「30年以上にわたって乳がんとの旅を分かち合った、勝利と希望のシンボル」だったと彼女をたたえ、こう記した。

「彼女の癒やしのインスピレーションと植物医学の先駆的な取り組みは、植物医学とがんの研究に専念するオリヴィア・ニュートン=ジョン財団基金で継続される」